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コンタクトレンズと角膜生理

角膜上の酸素分圧

1気圧は、水銀柱で76cmの高さに相当し、760mmHgと表示します。大気中には、窒素と酸素が容積比にしておよそ4対1の割合で混在しているので、その中で酸素が占める圧力(酸素分圧)は760mmHgの1/5、つまり約155mmHgとなります。 裸眼の場合、角膜は酸素分圧が約155mmHgの大気に接しています。つまり、角膜上酸素分圧も約155mmHgです。
しかし、目を閉じると角膜はまぶたによって大気から遮断されるので、血管を持たない角膜の酸素分圧は約1/3程度まで低下します。同じ理由でコンタクトレンズをはめることによっても、酸素分圧は低下します。コンタクトレンズをはめて目を閉じると、さらにその影響は大きくなります。
下のグラフは、微小電極を用いて実際に角膜上で測定したレンズ下の酸素分圧を示しています。これはすべて目を開けている状態の測定値です。レンズの酸素透過係数(Dk)や含水率が高く、厚みが薄いほど、角膜上の酸素分圧が高くなることを理解して下さい。
角膜上の酸素分圧角膜上の酸素分圧
酸素透過係数(Dk)は「コンタクトレンズの材料プラスチックがどのくらい酸素を通す能力があるか」ということを示す値です。同じ材料のレンズであっても、厚いものより薄いものの方が酸素がよく通ります。実際のレンズの酸素透過性を問題とする場合は、酸素透過率(Dk/L)というDkをレンズの厚みLで割った値によって比較します。

下のグラフは酸素透過率の異なるさまざまなコンタクトレンズを装用したときの角膜上酸素分圧を示しています。酸素透過率が0~80の範囲では、酸素透過率が高いほど角膜上酸素分圧も高くなりますが、酸素透過率が80を超えると、角膜上酸素分圧は100から120mmHgのあたりで横ばいとなります。
さまざまなコンタクトレンズ装用時の角膜上酸素分圧
2000年代になってシリコーンハイドロゲルという、含水率が低いほど酸素透過性が高くなる材料でできたソフトレンズが登場し、今やソフトレンズの主流となりつつあります。この新しいレンズと従来のソフトレンズや酸素透過性ハードレンズの中から代表的なものを選び、それらの酸素透過率を下のグラフに示します。
酸素透過率の比較
ここに示したシリコーンハイドロゲルレンズの酸素透過率はいずれも100以上です。これらを装用したときの角膜上酸素分圧はまだ測定されていませんが、100から120mmHgあたりになると考えられます。

角膜上皮は、十分な酸素が供給されているとき、活発な細胞分裂を行いますが、連続装用を続けると、上皮細胞のこのような機能が抑制を受け新陳代謝が悪くなり、角膜に障害が起こりやすい条件をつくることになります。これは、コンタクトレンズによる角膜障害の実態調査の結果からも明らかにされています。また、細菌感染に対する抵抗力も衰えてきます。
眼科医が「連続装用はなるべくしないように」と言うのは、このような危険性があるからです。

角膜厚みの変化

最近処方されているコンタクトレンズは、ハードもソフトも一般にかなり酸素透過性が高いものが多いので、起きている間の装用に関しては、角膜厚みのことを特に心配する必要はありません。しかし、 連続装用のようなレンズをはめたまま寝る使い方をする場合、レンズによる角膜厚みの変化を考えておかなければなりません。 角膜が酸素分圧の低い状態におかれた場合、角膜の実質層に浮腫が生じて角膜が厚くなります。1日のうちで一番角膜が厚いのは起床時です。つまり、睡眠中ずっと角膜が大気から遮断されていたからです。
下のグラフのように、裸眼の場合、起床時の角膜肥厚率は約3~4%です。しかし、コンタクトレンズをはめたまま寝ると、起床時の角膜は高酸素透過性ハードレンズで約6~7%、高含水率ソフトコンタクトレンズで10%と、裸眼時の2~3倍の増加を示します。
その原因は、右下のグラフで、目を開けているときと閉じているときの酸素分圧と照らし合わせて見てみると、よく理解できると思います。特に、ソフトレンズの影響が大きいのは、レンズの直径が大きく角膜全体をカバーしてしまうからと考えられています。
また、起床後、角膜が裸眼レベルまで薄くなっていくのにも、ソフトレンズはハードレンズより時間がかかります。
起床直後の角膜厚みの増加率起床直後の角膜厚みの増加率
ここで使用したコンタクトレンズは、ハード、ソフトともに、高いレベルの酸素透過性を持ち、現在厚生労働省から連続装用が認可されています。
したがって、これよりも低い酸素透過性のレンズをはめて寝た場合、影響はもっと大きくなると考えられます。

それでは終日装用用として処方されたコンタクトレンズをはめたまま、昼寝やうたた寝などの短時間の睡眠をとった場合は角膜厚みにどのような影響が現れるでしょうか。
2000年代にハマノ眼科で行った1時間の仮眠実験の結果を下のグラフに示します。
k仮眠による角膜厚みの増加率
裸眼の場合、仮眠後の角膜肥厚率は約2%です。1日使い捨て含水ソフトレンズ装用眼における角膜肥厚率は、裸眼と比べて統計的に有意に高くなっていました。
一方、シリコーンハイドロゲルレンズ装用眼は裸眼と差はありませんでした。
ただし、これは1時間の仮眠実験の結果です。コンタクトレンズをはめたまま長時間睡眠をとれば、シリコーンハイドロゲルレンズでも仮眠時より角膜肥厚率は高くなる可能性があります。

角膜内皮の変化

角膜内皮は、角膜の一番内側にある細胞ですが、上皮と大きく異なる点は、たった一層の細胞から構成されていて、細胞分裂を行わないということです。そして、細胞は少しずつ死んで脱落していきます。このときできる細胞の欠損部は、そのまわりの細胞が少しずつ大きくなったり移動したりしてカバーしていきます。したがって、若いときにはほぼ六角形で形が揃っていた内皮細胞も、歳をとるにつれて少しずつ大きくなって変形し、全体の数も減少していきます。
これ自体は自然な老化現象で、特に心配ありませんが、酸素を通さないハードレンズを長年使用してきた人の中には、加齢による自然な変化をはるかに超える異常が内皮に認められることがあります。スペキュラーマイクロスコープという顕微鏡を使うと、角膜内皮細胞の状態を簡単に観察できますが、下の写真はその一例を示しています。

角膜内皮の状態の写真

角膜内皮の変化左:正常な状態の内皮 (細胞の形や大きさが揃っている)
右:PMMAハードレンズ25年装用者の内皮(細胞の形や大きさが不揃い)
細胞分裂による増殖能力を持たない内皮にとって、いったん生じた変化は修復することができません。内皮は、角膜の厚さや透明度を保つ重要な役割をしています。
その内皮に過剰な影響を及ぼすような、酸素透過性の低いコンタクトレンズを使用したり、またたとえ酸素透過性が高いレンズであっても、長期間連続装用を続けることは、角膜生理の面から見て好ましくありません。

角膜障害発生率

コンタクトレンズを選ぶとき、角膜への影響の少ないことは大切な条件です。初めてコンタクトレンズを装用した人を対象に、1年間フォローして調べた角膜障害の実態を見てみましょう。
最近のソフトコンタクトレンズは、厚みの薄い酸素透過性の高いものが主流になってきましたので、以前と比べると障害の発生も少なく、また、失明に至るような重い障害はほとんどなくなっています。それでも、連続装用ディスポーザブルレンズ装用眼では、およそ14%に障害が見られました。
このように他の終日装用レンズよりも障害発生率が高くなったのは、睡眠中は角膜の酸素分圧が低下し、涙液の分泌もほとんどなくなり、涙液交換が悪くなったためと考えられています。

逆に、コンタクトレンズとしては連続装用のものと同じ素材ですが、終日装用で毎日交換するディスポーザブルレンズは、どのレンズよりも障害が少なくなっています。
そして頻回交換ソフトコンタクトレンズ、従来型ソフトコンタクトレンズの順に、レンズを新しいものと取り替えるサイクルが長くなるほど、障害発生率は高くなる傾向が見られます。
酸素透過性ハードレンズによる角膜障害発生率は、頻回交換ソフトコンタクトレンズよりも低く、毎日交換ディスポーザブルレンズよりも高い値でした。